〈連載〉学生広報

2022.10.17

インタビューVol.4

「唐澤太輔准教授と粘菌研究クラブ」

唐澤先生にとってのこれまでの10年とは

H:ちなみに2013年はなにをしていましたか?
K:早稲田大学で助教をやっていました。僕は2012年の7月に博士号を取ってるんですよ。で2013年から早稲田の助教になってる。そのときはまだ「秋田」って言葉すら人生で10回くらいしか言ってないような状態でした。僕の環世界に秋田は存在してなかった。
H:そういう意味では、その頃というのはある種の区切りではあったと。
K:そうですね。その頃に僕は中沢新一さんと初めて対談をしたんですよね。その頃は石倉さんも野生の科学研究所に深く関わっていた頃で。 僕が博士論文出した時中沢先生が副査だったんだけれど、そのときに石倉先生も助手として早稲田に来ていた。だから秋田に来る前に一度すれ違っているというか。これも不思議な縁ですね。

H:10年で住む場所は何箇所変わりましたか?
K:13年は早稲田の助教なので東京にいて、2年間助教をした後、京都の方に行きます。京都の方に行った理由は助教の任期が終わったことと、中沢先生から華厳思想の研究を薦められたというのがあって。”熊楠のことを知りたいなら華厳をやらなきゃいけない”と。 さあどこでやろうとなったときに仏教系の龍谷大学というところで研究員を募集していて。そこで4年間京都に行ったわけです。

H:秋田にきたのは2019年ですか。そう考えるととても最近のことのような気がしますね。
K:そうですね。けれど色々なことがありました。結婚したのは2013年で、2019年には子供が生まれたんですよね。そのタイミングで秋田にきた。私生活でもいろいろ変化がありました。
H住んでる場所や環境が変わったことで、なにか考え方などには影響がありましたか?お子さんが生まれたことなど……。

K:変化しますね。生活自体が変わりますよね。家の中で本を読んだり研究したりできなくなってしまったり。一人、人が増えるということはそれだけ部屋が狭くなるということでもあるし。シンカリオン歌ったりもしてるし(笑)

K:子供は見てると面白いですね。彼らの頭の中に本当に存在してますからね。アンパンマンもいるし、トーマスもちゃんと存在している。自分自身がアンパンマンやトーマスになることもできる。なんて豊かな世界生きてんだろうって思います。

H:美大という環境には2019年から初めていらしたということですが、それまでとどんな違いがありますか?
K:まずつくりだせることが、すごい。尊敬しかないです。これまでの反動もあるんですよ。僕が以前いた大学はとても厳しいところでやっちゃいけないこともたくさんあった。そう言ったところで研究してきた僕からすると、なんて自由なんだという衝撃が。アーツ&ルーツ専攻は特に。 「じゃあ俺も大学院のガラスに粘土張っちゃうよ」ってなっちゃうよね(笑) 自由にやらせてもらって、本当にありがたいなと思っていますね。 唯一秋田で不満なところはスイーツが少ないところかな。

 

Vol.5へ続く