〈連載〉学生広報

2022.8.10

インタビューVol.2

「唐澤太輔准教授と粘菌研究クラブ」

早坂(以下H):こんにちは、今日はよろしくお願いします。
唐澤(以下K):よろしくお願いします。今日はどんな話をすればよいんでしたっけ?

H:2023年が秋田公立美術大学の開学10周年ということで、その1年前にあたる2022年度にも何か企画を行おうと。その一環で学生から本学関係者へのインタビューを行う企画の第一回目が今回です。この大学の10年間についても掘り下げていければと思っていますが、なにより唐澤先生のこれまでの10年、そしてこれからの10年についてお聞きできればと思っています。


↑唐澤太輔准教授。

 

これまでの10年、これからの10年

K:10年先のことなんて、想像もできないことばかりですからね。秋美が四年生大学になって(2023年で)10年でしょう。でも10年前なんて誰も秋美に大学院ができるなんて考えてなかったと思う。僕自身は一ヶ月後のこともわからない。将来は想像を裏切りますからね。
日本がどうなってるのか、世界がどうなっているのかもわからない。楽観的に考えていいのか、現実に即してある種悲観的に考えたほうがいいのか。僕はどちらかというと楽観的に考えてしまう。まあなんとかなるだろう、という。

K:けれど想像できるのが楽しい。想像をできるのが人間だと思う。10年後のことを考えるのは他の動物や植物にはできないでしょう。それが良い悪いということではなくて、先のことを考えてしまうのが人間の宿命ともいえる。

H:面白いお話ですね。これは私が個人的に考えていることなんですが、今回のインタビューでは10周年にとどまらず、その人なりの時間感覚で話してもらえればよいなと思っています。
唐澤先生の感覚は10年といった遠い過去や未来のことを考えるというより、「今ここ」の感覚に近いのでしょうか。

K:どうでしょうか。「今ここ」って認識した時点では過去になっているわけでしょう。本当の「今ここ」というのは表現しづらいですよね。スキージャンプをする人は飛ぶ前にはすごい不安だという。ちゃんとできるかな、コケたらどうしようとか。それは過去の経験を考え、未来のことを想像しているからでしょう。でも彼らは飛んだら一瞬気を失ってしまうという。その気を失っている瞬間こそが一番気持ちよくて、「今ここ」っていう感覚なんだろうなと。

K:この感覚をどう表現したらいいのか。これは決して通常の言語では表現できないと思うんですよね。ロゴス的に並べられたものでは。
そういうときに芸術表現になる。そこにアートの可能性があるんじゃないかなと思います。

K:おそらく「今ここ」というものにピッタリと張り付いて生きているのが動物であったり、植物であったり、粘菌であったりする。動物や植物や粘菌はきっと淡い過去とか輝かしい未来みたいなものを観念的に持っているわけではないでしょう。本能的に餌蓄えなきゃ、敵から逃げなきゃとかはあるだろうけれど。

 

 

Vol.3へ続く